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染想



私は大学の学部時代に染色を学び、「染」の多義的な可能性を感じてきました。染まるという現象の中に、日本の精神を見る。動植物を素材とし、自然から色や風合いをいただく古来染織の世界は、森羅万象と神観念について触れる契機となりました。

それと同時に、自分の制作スタイルとはまるで正反対に進んでいく現代日本の社会に対する恐怖が増していきました。森羅万象の神が失われつつある社会のシステムに、「人類は金から銀へ、銀から銅へ」という山本常朝の言葉を思い出します。なぜこのような時代なのだろうか。今、世の中はどのような状況なのだろうか。

現代における染めの可能性について考えていた最中、3.11が起こりました。メディアからは多くの「染」という文字が流れてきました。「放射能汚染」「大気汚染」。私が愛おしく学んでいる「染」という言葉が、現代日本ではネガティヴな意味と組み合わさり、それを日々目にする日常に向き合わざるを得なくなりました。

私の家族は広島にルーツがあります。現在一緒に暮らしている私の祖母は被爆手帳を持っています。私たちと日々を共にしている彼女は、最悪の放射能汚染を体験していて、私は被曝三世なのです。しかし「目に見えない」ということが、事実を忘却させてきました。

目に見えない − それが「染」の本質なのかもしれません。「染」の神聖さ、恐怖さ、これらは「目に見えない」ことから生まれた、表裏一体の感情であり、美と狂気が共存しているのです。

私は、次の9月に予定している展覧会に向けて新作を作っています。上記の思考をふまえた「空を知覚する」ということが、新作の重要なテーマになっています。


© Aiko Yamamoto

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